チュードル ポルシェ・カレラ6 ピーター・ベラミ


日本ではチュードルウォッチはスポンサー活動をしていない、と言われてましたが1970年代、富士スピードウェイで開催されていた富士グランチャンピオンレースにチュードルレーシングとしてポルシェ。カレラ6で参加していました。

画像はピンボケですが富士の30度バンクを全開で駆け抜けるチュードル・ポルシェ・カレラ6です。(当時30度バンクのガードレール隙間からコニカC35で流し撮りした写真です) 画像では分りずらいですが、30度バンク全開のGでフルボトム(車高が地面に)で擦りそうなほどです。

ドライバーはピーター・ベラミです。この外人ドライバー、この時代で日本でチュードルのチーム、そしてカレラ6、面白いです。(のちにバイクも作ってました)
イギリスのMotoring News誌の日本通信員とかですが、、、、、 
ピーター・ベラミ=イギリス人=チュードルウォッチということですか。

ピーター・ベラミ選手、富士スピードウェイのフルコース予選タイムは2分3~4秒台。
1967年第4回日本GPのポールポジション、生沢徹 駆るカレラ6は1分59秒43です。

話は前後しますが、チュードルレーシングは日本人ドライバーとも契約し(1968年ー1969年)活躍しました。その当時、日本には、ちゃんとした日本代理店がありました。
代理店社長(イギリス人)は契約した日本人ドライバーにチュードルの時計をプレゼントしたそうです。代理店社長の意味は「その時計をしてうちの宣伝をしなさい」と言う意味でしたが、この時代ですから。貰ったレーサーは「こんな高級時計、勿体なくて、できないや」と、しなかったそうです。すると代理店社長は「宣伝のために貴方にあげたのに、なぜしない!」と怒ったそうです。

当時チュードルウォッチはカー雑誌をメインに宣伝していました。タイトルは「チャンピオンの腕時計ロレックス<チュードル>」 製造販売「ロレックス・チュードル」(スイス)でした。(宣伝の時計はサブマリーナもありました)
クロノタイム・モンテカルロは、当時7万円でした。

そうです。この当時は公然にロレックス=チュードルでした。
さて、数年落ちのチュードル・カレラ6は、オープンにさせられたりして(20Kg軽量化)日本レース界では無くてはならない存在でした。結構活躍しました。


チュードル ポルシェ・カレラ6、一端、売られてオーストラリアに渡りレストアされましたが、また日本に戻ってきて、今は日本人コレクターが所有してるそうです。
皆様チュードルウォッチは日本で活躍していたのです。
勿論、今も。Tudor


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